2015年8月21日金曜日

俵万智さんと、岡本真夜さんが書いた、「恋、がんばって」を読んで、読書感想を書きました。

俵万智さんと、岡本真夜さんが書いた、
「恋、がんばって」を読んで、
2011年8月、私は下の通り読書感想を書きました。
写真は、鏡に写る私自身を、撮ったもの。
タイトルと写真には、何の脈絡もない。

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読書感想文(恋、がんばって・・・俵万智、岡本真夜)
 
俵万智は、大阪府門真市で1962年に生まれ、
<福井県立藤島高校から、早稲田に行った歌人です。
<大学を卒業してからは、1989年3月まで
<神奈川県立橋本高校の先生になっていました。
<それ以降は、先生をやめて歌人に専念しています。
 
俵万智んは、多分お父さんが松下電器に勤めていたから
門真市生まれなのでしょうね。
門真市を私(八木)は、子供の頃、
都市対抗野球で覚えました。
お父さんは希土類磁石の研究家の俵好夫さんとか。
 
多分、お父さんの転勤にあわせ移ったのでしょうが、
四条畷と福井県武生市で育っています。
だから高校は、福井県立藤島高校。
ここで恋をして失恋をして、成績の良かった
俵万智んの成績が下がり、
国立の大学に行かず、指定校推薦で早稲田大学に行きました。
 
俵万智んは、地頭が良いいのでしょうね。
失恋して成績が下がっても、
推薦で早稲田大学に入りましたから。
そして早稲田大学で歌人の佐々木幸綱に師事し、
短歌の世界でその才能を開花させました。
 
俵万智んは早稲田大学では、
アナウンサー部に入ったそうです。
それで「高田馬場」駅のホームで、
電車案内のアナウンスもやっていたとか、
 
それは私が大手町で、
電電公社資材局の原価調査課で係長をしていたときでした。
そのとき、高田馬場で俵万智んの声を
聞いてみたかったような気もします。
 
私は、1985年の少し後だと思いますが、
俵万智んの短歌を、朝日新聞の社説かなんかに
紹介されていたのを見て、ウンと唸りました。
これが短歌か。
指を折ってみれば、確かに5・7・5・7・7。
 
短歌の内容は、何か清清しい。
神奈川県立橋本高校の先生と聞いて、
高校の先生にもこんな感性の人がいるかと思いました。
私の心も洗われるようではないですか。
 
私が見た歌は、
女学生が運動会で走っている情景を歌っていたものですが、
一所懸命走っている女学生が目に写るようでした。
 
-「この味がいいね」と君が言ったから

七月六日はサラダ記念日-。
これ以外の短歌も沢山ありますが、
これがベストセラーになった、
句集「サラダ記念日」のなかの一首です。
 
ごく当たり前の出来事で、「だからなんだ」と思わせる一方、
それはそうだよなとも思わせる。
何か私は、宇宙人と出会ったような気がして、
それから俵万智んってどういう人なのか
関心を持つようになりました。

 
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岡本真夜は、
<高知県中村市で1974年1月に生まれました。
<親の仕事の関係で、高知南高校に入学しています。
<そこから、自分の歌を音楽事務所に送り、
<デビューしたシンガーソングライターです。
 
岡本真夜は、
高知県中村市で1974年1月に生まれました。
両親が離婚したので祖父の養女になります。
両親の離婚のことで、
小学校や中学校では苛められもしました。
 
その後、祖父の仕事での異動にあわせ、
高知南高校に入学しています。
音楽は嫌いだったそうですが、高校1年のとき、
「ドリーム・カムズ・トルー」の吉田美和の歌う
「未来予想図」を聞いて、歌手になりたくなりました。
 
岡本真夜んにとって、
吉田美和の「未来予想図」(蛇足ですが、私は知りません)
は素晴らしかったのでしょうね。
 
親友の支えもあり、
高校3年のとき自分の歌を音楽事務所に送り、
歌手デビューしました。
高校を卒業したとき、反対する祖父を押し切り
家出同然で上京したそうです。
 
デビューまでは、お金にならない
ボイス・トレーニングや作曲などをしており
苦労していましたが、
1995年「TOMORROW」でデビュー、
これが売れて
それからシンガーソングライターとして名前が売れました。
 
「キャリアがある者が作れないような
曲をあっさり出してくる。
曲は非常に幅の広い、しかも新鮮な曲です」と
当時の岡本の音楽プロデュサーは言っているそうです。
 
私は私の横着のせいですが、
若い人達の歌をホトンド知りません。
岡本真夜んのことも、
名前を聞いたことがある程度の知識でした。
でも、上海万博のPRソングが日本の歌に似ていると、
世界中で話題になったのは知っています。
 
それが、
岡本真夜んの「そのままの君でいて」だったのですね。
上海万博のPRソングは2010等你来」です。
岡本真夜んが、「上海万博」実行委員会からの
当該楽曲の条件付き使用申請を受諾し、
一段落となったと聞いたとき、私は「いいな」と思いました。
 
損得よりも,みんなの幸せ、
自分の曲を上海万博が使ってくれることを、むしろ喜ぶ、
岡本真夜んに何か素晴らしいものを感じたのです。
本当はこの盗作疑惑の日本側の当事者が、
岡本真夜んだというのは、今回始めて知ったのですが。
 
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<この本を私が読んだキッカケ>
 
私が近所の大田区民下丸子図書館に行ったとき、
俵万智んの本が6冊並んでいました。
私は俵万智んに興味を持っていましたので、
ときどきは俵万智んの本を読んでみようと思っています。
 
それで6冊から一冊を選ぼうと思いましたが、
この本の共著者に岡本真夜んが見えたとき、
一冊の本を読んで一遍に二人をより深く知ることが
できるならいいなと思って、
結局この本を借りてきました。
 
だから私は、俵万智んは少し知っている程度、
また岡本真夜んはホトンド知っていません。
この本の俵万智んの「あとがき」を読んだら、
「この本を手にとってくださる人は、
多分何らかの形で、
恋に苦しんでいるかたではないかと思います」とありました。
 
私は恋をする歳ではありませんが、
単純に俵万智んを知りたくて読んだのです。
こういう読者がいるなんて、筆者の想定外のようでした。
 
本を読んだら、共著者を2人とも知っている、
年上の竹内夕紀さんが質問し、
2人がそれについて語り、
またそれについての竹内夕紀さんの感想を、
ご自身の体験も交えながら、まとめていました。
 
竹内夕紀さんは1956年生まれで、
九星術で言えば二黒土星、
俵万智んは9歳下の二黒土星、
岡本真夜んはさらに12歳下の八白土星
(と思ったら1月生まれで前の歳に生まれた人の星と
一緒で、九紫火星でした)。
 
キッカケは、私から見て不思議な人、
俵万智んを知りたいということでしたが、
読んでみて3人の人を、
それぞれ少し分かったような気になりました。
 
3人とも個性的で違った人だと思いましたが、
才能も人並みはずれていると思います。
人を愛することが出来るというのも、才能だと思いました。
それを3人とも、
それぞれの流儀で実行しているのだと思います。
 
正直に言って、竹内夕紀さんのまとめは分かるのです。
共著者のお2人の発言は、天才はこういうのか、
と言う感じでガンバッテ下さいと思うばかり、
私などのお2人への共感はいらないと思いました。
 
竹内夕紀さんはエリートなのでしょうが、
私の感性の延長線にあるようで、
恋のせつなさなどを書く文章には、
現実はこうなのだろうと思わせます。
 
それに較べるとお2人の共著者は、
私の理解をはるかに突き抜けていて、
それが恋なら一途にその恋に向かって行って下さいと
思うばかりでした。
恋は、恋するものと恋されるものの二人のエゴで、
他人はエゴの対象外です。
 
そういう意味では、エゴの対象外になった恐ろしさを、
私はずーっと感じてきたので、
「(恋の究極の形である)夫婦喧嘩は犬も食わない」という
言葉を、「そりゃそうだ」と思ってきました。
 
私は人よりエゴが強いと思うので、
恋のエゴの他人から見たエゲツなさが分かるのです。
でも、こんなに恋を味わって、
思っている人がいるのだと思ったら、
やっぱり恋は人間を成長させるものなのだなと、
あらためて思いました。
 
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<この本の構成>
 
この本の構成は、次の通りです。
( )内は説明されているページ数です。
 
-1章 失恋大丈夫(40ページ)
-2章 恋をしないで何の人生(43ページ)
-3章 恋が好き(42ページ)
-4章 サヨナラの後の恋(33ページ)
-恋はやっぱり「元気の素」・・岡本真夜・・・(4ページ)
-あなたの恋の主役は、あなた・・俵万智・・・(5ページ)
 
「はじめに」で、宇宙人みたいなお二人の共著者と違って、
私でも少しは理解できる竹内夕紀さんが言っていました。
「他人の愚行、自分の愚行から学ぶものってとても多いし、
自分をみつめる良いきっかけにもなる。
恋愛って、とても素敵なものです。
だけどまた理不尽なものでもありますよね」。
 
そう考えると、
恋愛って人生の1つのバリエーションですね。
人間って人生で、馬鹿なことを沢山している。
でもそんな馬鹿なことも、
やらないよりはやったほうが良い。
 
その人生の過ごし方の極めつけの形の一つが、
恋なのですね。
その恋が、三者三様の形で、この本で語られていて、
恋には“それぞれ”の形があっても良いと
あらためて私は思いました。
 
ここに竹内夕紀さんは、次のことも書いています。
なるほどと思いました。
「努力も情熱も、
時として何の意味も持たないときがあるのが『恋』なのです。
そして『恋』って一生懸命ゆえに
疎ましがられることもあるのです」
 
「この理不尽な思いは若いうちに
どんどん体験したほうがいいのかもしれません。
『世の中、自分の思い通りにばかりには
いかないものだなあ』っていう認識は、
甘えのない大人への第一歩にもなるからです」
 
そして俵万智さんの句を2つ紹介していました。
-「寒いね」と話しかければ
「寒いね」と答える人のいるあたたかさ- 
-親は子を育ててきたと言うけれど
勝手に赤い畑のトマト-。
 
また、岡本真夜さんの2つのフレーズを紹介しています。
-「もっと自由に もっと素直に 
強がらないで 歩いてゆこう」- 
-「涙の数だけ強くなれるよ」-。
 
恋について、
私が言うのはおこがましいのかも知れませんが、
自分の若いとき、
「こんな大人の考え方はできなかったな」と思いながら、
お二人の言葉を噛みしめました。
 
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<「失恋大丈夫」を読んで思ったこと>
 
このタイトルは、「あなた、失恋大丈夫?」ではないのです。
「失恋しても大丈夫ですよ」と言っているのです。
それは私も、失恋はたくさんしたほうが良いと思いました。
失恋は人に、その経験を増やしてくれるだけですから。
それでも2人の対話から、俵万智さんと岡本真夜さんの
2人の天才振りは違うと感じました。
 
私たちは恋している、俵万智さんに
感動しているのではないのです。
俵万智さんの感性・考え方に、
私もそのようになりたいという気持ちと、
その言葉の使い方に新鮮なものを覚えるのです。
 
恋は犬も食わない夫婦喧嘩みたいなもので、
それはあなた達の自由だから
勝手にやって下さいと思いました。
しかし、そこでの俵万智さんの感じ方が凄いのです。
 
俵万智さんは頭が良くて才能豊かで、
どこでも生きていける人間なので、
少しぐらいの失恋は、
人生のこやしになっていくのだろうと思いました。
 
そういう意味では、俵万智さんの恋には、
私たちが普通に感じるエゴしか感じませんし、
俵万智さんの生き方に同情心は湧きません。
恋は所詮、あなたと私が大事で、
二人以外はどうでも良いというのが基本の、人間のエゴの塊。
 
俵万智さんは
才能豊かにそれが齎す
自分の感情を裁いているように思えますから。・・・
そういう風に感じる私には、男の独善があるのかも
分かりませんが、私には私の独善は分かりません。
 
一方の岡本真夜さんには、不思議な恋の形を感じるのです。
ゆっくりと温めるような恋、
壊れそうになると壊れる前にそこから逃げ出す恋の形。
大事に、大事にしている恋を感じます。
 
ご両親が小さいときに離婚して、
それで苛められた体験を持つ。
人の世の不思議さと、
そこで自分を自分自身で励まし続けた体験を、
そこここの言葉から感じました。
 
でもそのとき、これでもかというぐらい
岡本真夜さんの「人の善意」を感じさせているのが、
岡本真夜さんの天才なのでしょう。
この天才は凄いなと思わせる一方、
ガラスのような脆さも感じたのは、私だけでしょうか。
 
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<「恋をしないで何の人生」を読んで思ったこと>
 
恋は、恋する人と恋される人で成り立ちます。
二人の恋する程度のバランスが良ければ、
良い恋愛なのでしょう。
でも二人の感情のバランスがとれるって、
あまりないと思うので、
片思いの悲しい物語が、沢山できるのだと思います。
 
だから、片思いだったり、両思いでも
その思い方のバランスがとれていないことが多いのでしょう。
でも恋は、人間をもっとも真剣にさせるものかも知れません。
その真剣さが、その人のダイナミズムを生むのだと思います。
「恋をしないで何の人生」はそこから生まれるのでしょう。
 
恋は、私などの歳になって見ると、全部、茶番に見えます。
自分にないものを、相手に見つけて感動する。
そしたら相手を独占したくなる。
それが恋につながるのだと思いますが、
その感動は長続きするものではありません。
 
そんなにシッカリしたものを、
普通の人が持っているわけではないと思います。
私たちの感情の原点は、エゴなのだと思いますが、
それは所詮自分だけのものであって、
だれも共感してくれません。
 
でもそういうものでも、
恋が激しく私たちを揺さぶり、
私たちの人生を飽きないものにしてくれていることは
間違いないと思います。
 
+++++++++
<「恋が好き」を読んで思ったこと>
 
「恋が好き」と言えるのは、
恋を出来るエネルギーがあるからでしょうね。
私などもう、恋のバカバカしさ、
一面的さに辟易するし、何より自分のエゴを感じるので、
「恋が好き」なんて思えません。
 
でも「恋が好き」と言える人に、
若さとエネルギーを感じるので、
それはそれで素晴らしいと思います。
人は恋を通じて、
理想の人間を追いかけているのでしょうね。
 
でも私などの皮肉屋は、自分にないものを他人に求めて、
それがやっぱり無かったからと言って、
騒ぐのはいかがなものか。
それは自分に初めからなかったのでしょう、と思います。
だから「私は私である」などという言葉のほうに、
私は恋より魅かれてしまうのです。
 
+++++++++
<「サヨナラの後の恋」を読んで思ったこと>
 
うーん、段々感想が短くなっていく。
そんなこと、どうだっていいでしょう、と思ってしまう。
それが、男の感性なのか、私の感性なのか。
それよりも恋に対する考えを読んで、
お二人の天才ぶりにふれたことが、私にとっては良かった。
 
私などの歳のものから見ると、
恋と言う幻想を、恋人と二人でつむぎ上げた幻想を、
言葉という芸術に仕上げる二人の能力に、
それこそ感心してしまう。
 
そして、失恋したときに一人になるから、
その言葉には、お二人の独自の
個性、才能があふれているのだろうと思います。
それが魅力的だなんて、
お二人は素晴らしいと思ってしまいました。
 
+++++++++
岡本真夜ん、俵万智んのあとがき>
 
岡本真夜んのあとがきのタイトルは、
「恋はやっぱり『元気の素』」です。
そうでしょうね。
素直に精一杯生きるって素晴らしいと思います。
 
岡本真夜んって、コンプレックスの塊も
あるのかも知れませんが、人に対する善意あふれることが、
最大の才能なのではと思いました。
岡本真夜んに、「これからも幸あれ」と思います。
 
そして、悲しい恋の連続が、
岡本真夜んの才能を
もっと引き出して欲しい。そう思いました。
 
俵万智んのあとがきのタイトルは、
「あなたの恋の主役はあなた」です。
俵万智んには、大人の女性、自分の意見を持った女性、
少し強情なところがある女性を、
改めて想像してしまいました。
 
俵万智んは、これからも
自分流の生き様を貫きとおして貰いたいと思います。
なぜ俵万智んの短歌に、私が魅かれたのか。
 
多分、俵万智んの短歌は、
多くの中年男性が作れなかった世界を、
考え方一つで切り開いてくれたので、
中年男性の多くの人が、
俵万智んの短歌を好きになったのではないでしょうか。
 
恋はそれを引き出す、
いいツールになったような気がします。
そういう意味では、恋、バンザイでした。
 

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