2015年8月19日水曜日

伊藤慈さんと尾島俊雄さんが監修した、「東日本檀震災からの日本再生」を読んで、読書感想を書きました。

伊藤慈さんと尾島俊雄さんが監修した、
「東日本檀震災からの日本再生」を読んで、
2011年8月、私は下の通り、読書感想を書きました。
写真は、本の表紙を、撮ったもの。
 
2011年3月11日に、東日本大震災がありました。
だから、この本は、震災のすぐあと書かれたものです。
この本に書かれたことは、一部生かされたものもあるし、
活かされていないものもあると、思います。
 
でも、震災のあとすぐに、この本を書いた勇気に、
敬意を表します。
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読書感想文(東日本檀震災からの日本再生・・・
監修 伊藤慈、尾島俊雄)
 
伊藤慈は、東京で1931年に生まれ、
<現在、早稲田大学特命教授をし、
<また都市防災研究所会長をしています>
 
伊藤慈はその筋ではきっと有名な人なのでしょうが、
上に書いてあること以外、私はまったく知りません
(WEBで検索しても分かりませんでした)。
 
ただ、内閣府が所管している、
財団法人の都市防災研究所の会長をしていますから、
アカデミックな世界では知っている人が多いのでしょう。
また阪神大震災のとき、政府復興委員会構成員であり、
そのときの中央防災会議の議長も勤めたそうです。
 
この本では、この本の2章の「復興構想」をまとめています。
「復興構想」には、この本に書いてあることで、
近未来にやらなければならないことに
焦点が絞られていました。
 
このすぐやる話は、問題点も指摘しやすいので、
まとめることは大変だと思いましたが、
そういうことをやらなければならない立場に、
いろいろなケースで
伊藤慈は立ち続けたのだろうと思います。
 
そういう意味では、
モアベターの話を書くのには、
最適の人だったかも知れません。
 
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尾島俊雄は、富山県で1937年に生まれました。
<富山高校に行き、早稲田大学に行き、
<その後講師から教授まで一貫して、
<早稲田の理工学部にいて、
<今は名誉教授をしている建築家、環境・都市学者です
 
尾島俊雄は、富山県で1937年に生まれました。
富山高校に行き、早稲田大学に行き、
博士課程を卒業し、その後、講師から教授まで一貫して、
早稲田の理工学部にいます。
 
大阪万国博覧会、つくば科学博などで、
会場環境設計をしました。
また、新東京国際空港や多摩ニュータウン・センター地区
などの基本設計もしています。
1997年から1999年までの2年間は、
日本建築学会の45代会長をしました。
 
つまり、環境・都市学者としては
日本のオーソリティだと思います。
今は、早稲田大学の名誉教授をしています。
 
昨年2010年10月仙台でのアジア都市環境学会の
国際会議後、松島・石巻・気仙沼をアフターツアーしたとき、
参加した韓国・台湾・中国の全員から、
今度の震災への支援金とメールが尾島俊雄んあて、
送られてきました。
 
3月21日、お礼にアジア都市環境学会のホームページで、
復旧・復興へ向けた緊急提言を掲載しています。
それを見た、中央公論から本の出版の可否を聞かれたのが、
この本を書くキッカケになりました。
 
いろいろな人から、
「情報発信不足」の意見を聞かされましたが、
「特に、海外には政府刊行物とは別に
有識者の出版が必要なこと」を痛感し、
尾島俊雄はこの本をまとめることにしたそうです。
 
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<この本を私が読んだキッカケ>
 
私の友達が、この本を読んでどう思うか
感想を聞かせて欲しいとして、
本をこの前の7月17日に送ってきました。
理解力のない私は、読むのに時間がかかりますが、
とりあえず読んでみます。
 
この本は、監修者のほかに14人の人の名前が、
筆者として出てきました。
そういう意味では、ひとつの哲学から、
この本全部が書かれているのではないと思います。
 
関係者が自分の知っていること、思っていることを書いた。
それを監修者が整理し、方向性を持たせたというのが、
本当のところでしょう。
でも、震災における有識者の熱い思いは、
一つの方向に向いています。
 
私も、情報は大事だと思います。
あの大震災は、私にはどう見えたか。
大震災のときは、私は東京・新宿の会社にいて、
帰りは帰宅難民と化しました。
 
2日前に女房が入院した、五反田の病院までは
(ゆっくり歩く私の足で、しかも)
混んでいるので3時間近く歩きます。
そして女房に会いました。
 
電話が通じないこんなときは、歩いていて行って会って、
顔を見せるのが一番と思ったのです。
そして、そこから女房の入院にあわせて、
試しに入ってみたウイークリーマンションがある中延まで、
都営地下鉄に乗って(地下鉄がゆっくり間引いて
走っていたこともあり)、1時間ぐらいかけて帰りました。
 
そして翌日朝は(土曜日だったので)、
女房の実家に行って、女房のお母さんから、
お母さんがそのときどうしたか、
私の娘達がどうしたのかも聞きます。
 
そして私は、そのときの出来事を、
ツイッター等にまとめました。
私のまとめは、私から見えた部分に過ぎません。
しかし、こういうものが、
集まって全体が見えるのだと思いましたから。
 
有識者には何が見えたか。
そのとき日本にいた人達、
特に有識者の意見は私にも関心があります。
だから、こういうものが集められたこの本は、
私にも有意義でした。
 
目次に監修者のセンスが現れると思います。
そして目次からは、
この地震を歴史的に捉えているのが分かりました。
地震のすぐあとですから、
後からみれば、間違いもあるでしょう。
 
でも大きな視点で、現場の学者からどう見えたのか。
何をしなければならないと考えているのか。
それを、すぐ本にしてくれたのは、
私にはとても参考になりました。
そしていくつかは、
日本が今後すべきことの指針になるのでしょう。
 
この本の発行は、6月25日でした。
震災後3ヶ月と14日がたっています。
 
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<この本の構成>
 
この本の構成は、次の通りです。
( )内は説明されているページ数です。
 
-1章 東日本大震災の実態と実情(20ページ)
-2章 東日本大震災の復興構想(38ページ)
-3章 東日本大震災と東京再生(40ページ)
-4章 日本国再生の2050年計画(28ページ)
-附表   (14ページ)
 
第1章は、読売新聞の協力を得たそうですが、
興味深く出来あがっていました。
地震と関係が比較的少なかった私でも、
のめりこむように読んでいます。
 
あのとき、皆はこうだったのだ。
それが有識者からは、こう見えたのか。
それと震災のときの外国の人の行動を見て、
被害にあった人を見て、
「可哀想だ」と思う感情は世界中どこも一緒だと思いました。
 
「呉越同舟」(紀元前500年頃、
中国の覇権を争っていて仲の悪かった、
呉の国の人と越の国の人でも、同じ船に乗ってしまえば、
助け合うということを言っています)で、
世界中の人の助け合う気持ちが、
一体になったときだと思います。
 
組織的に悪いことをした人も、
現地にいたそうですが、それは例外だと思いたい。
そういう気持ちです。
 
第2章は、地震・津波・(火事)の被害対応と
原子力事故対応の2つに観点から、
復興にはこうあるべきと書いてあります。
監修者の伊藤さんが、
主として三船康道さんとともに書いていました。
 
第3章は、8人の学者が東京のテーマに絞って、
自分の立場・持分に関する意見を書いています。
尾島さんが、きっとそれぞれの学者に頼んだのでしょうが、
私にはそれぞれ面白かった。
 
特にNTT時代の私が少し知ったことに関係する、
臼井さんの「GISと国土計画」、
安田さんの「情報通信」、
尾島さんと増田さんの「安全街区と大深度地下ライフライン」
は、私も話についていけたので、面白かっと思います。
 
第4章は、2050年の日本を考えて、
これから日本がなすべきことを、
5人の学者等が書いています。
「歴史に学ぶ」「農業」「科学技術」「国防」「子供」を、
それぞれの人が書いていましたが、それぞれ面白かった。
 
総じて、ダイジェスト的ですが、だから面白かった。
多くのことを語られるよりも、第1印象が語られていて、
私には興味深かったし、
その内容から復興の難しさも考えてしまいます。
 
そして、目次のセンスの良さから、
私の知らない尾島俊雄さんの、
この地道な活動と
この本を書くことに参加した皆さんに対して、
敬意を表したくなりました。
 
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<「実態と実情」を読んで思ったこと>
 
この章を読んで、大地震直後の2~3ケ月ぐらいは、
テレビや新聞の大地震関連ニュース等を
夢中で見ていたのを思い出しました。
原発事故の対応が、いまだ不安定なこともあって、
一つの出来事への
「私の長時間の関心事」になったのだと思います。
 
そのときの象徴的なできごとを、
この本では写真等も含めて整理してあったので、
私の記憶をなぞるように、
私は、この本も読んでしまいました。
そうだ、あのとき私はこう感じたのだ、と思ったのです。
 
この本は私たちの目線に近いところで、
書かれていると思いました。
 
私も生まれは福島県いわき市ですので、
震災はそして原発事故は他人ごとでなかったのです。
つくばにいる姉の家には、福島県いわき市からお二人が、
原発を避けて2週間ばかり避難してきていましたし、
私の友達は、いわき市から電話してきて、
「ガイガーカウンター」を手にいれてくれと言って来ました。
 
友達は福島県楢葉町のログハウスにだいたい住んでいて、
私もときどき過去ログハウスに行っています。
楢葉町は原発から近いですから、避難対象地域になって、
事故後友達は、自宅がある福島県いわき市に戻ったのでした。
 
楢葉町のログハウスでは、
沢山の鴨やニワトリや鶉を飼っていましたが、
友達も現地へ行くことが出来なくなったので、
それらは餓死したようです。
 
この内訳目次に、センスの良さを感じました。
「2011・3・11のM9.0地震と巨大津波」
「東日本大震災の救助と避難」
「原発被害 緊急処理・廃炉と周辺汚染」
「国際支援・ボランテア」。
 
なるほど、
ここにこの大震災のエッセンスが集約されると思います。
私も短い説明を読んで感動しました。
新聞記事は、適切に人の心を捉えています。
 
「国際支援・ボランテア」のところは、
電車に乗っているとき読んだのですが、
思わず電車のなかで声をあげて泣きそうになったので、
ガマンするのに苦労しました。
 
そうです。
みんなイザとなると良い人なのです。
みんな助け合えば良いでは、ないかと思いました。
 
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<原発事故>
 
1945年8月6日米軍原子爆弾投下の、
広島での原子量爆弾炸裂の慰霊祭の模様を、
今年の8月6日のラジオで聞いていて思いました。
日本には原子力アレルギーあります。
 
そしてそれにも関わらず、
今回この原発事故があったことで私は、
日本の原子力政策には、
これまでボタンのかけ違いがあったように思いました。
 
放射線を出す核分裂の原子力の扱いは、
これまで人類が遭遇したもののなかで一番、
科学的ではならないはずです。
が、原発に関して、
推進派と反対派が2つに分かれてしまって、
原子力がイデオロギーの対象になってしました。
 
だから推進派は、少しでも不安全ということが表に出て、
反対派に利用されて困るということで、
「原発は絶対安全」と言ってきています。
言っているうちに、言っている本人達も、
第3者から少しも科学的にみえない「絶対安全」という
言葉に、囚われてしまったのではないでしょうか。
 
最初の原子力委員会が、正力松太郎さんを委員長に、
1956年1月4日発足したということが、
少し前の朝日新聞に載っていました。
 
そして、当初委員として入った、湯川秀樹さんが、
意見が合わないとしてやめ、坂田さんがやめ、
伏木さんが(太平洋戦争中は原爆の開発に参加してくれと
いう軍部の依頼に、非人道的であるとして断り、
戦後の当初は原子力の平和利用には、非常に熱心でしたが、
結局、原子力委員会とは意見があわず)やめました。
 
なにか、日本の良心の科学者がやめてしまって、
正力松太郎さんという極めて政治的な人が、
中心となり原発を進めていった。
そうしたら、原発が利権の巣になることは
目に見えていたという気がします。
 
日本の原子力政策のボタンの掛け違いは、
ここに遠因があるのだろうと私は思いました。
今後、原子力が日本でどう扱われるのかは分かりませんが、
原爆が落とされたと同時に、
原子力委員会の成り立ちという極めて不幸な歴史が、
日本にはあったのだと思います。
 
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<「復興構想」を読んで思ったこと>
 
伊藤慈さんが感じた、この東北の津波対策のありかたを
ベースに復興計画を考えています。
街づくりには、高台への移転を基本とし、
高台への移転がむずかしいところでは、
低地に人工的避難拠点を作る。
 
その人工避難拠点は、
今回の大震災で分かった構造物の弱点をクリアする、
耐震・耐火・耐波性の高い構造物群とする。
要すればそういうことだと思います。
 
しかし、この本にも書いてあるように、
既存の地権者への説明をどうするかの
難しい問題が残るのでしょう。
やりようによって、自分の土地が無価値になりうるし、
あるいは凄い価値が生まれます。
 
多少の不動産の価値の減少は、
どの所有者も覚悟しているでしょう。
しかしどの人も、
自分だけがバカを見るのはイヤだと思っていると思います。
これまで、少子高齢化・過疎化の時代トレンドもありました。
 
だから、実行には全てをよく読んで、
上手な説明と、実行力が求められます。
今までの都市計画に、この大震災の影響を踏まえて、
新しい哲学を作ることができるか。
それが政策立案者に課せられた課題だと思います。
 
強権的な実行力も必要になるかもしれません。
政治的に行なうことと、民間の力ですることの
バランスの取り方も、難しいのでしょう。
そういう意味では、復興構想には、
いろいろな難しさが伴うことが、
この本で書かれている過去の事例からも窺がえます。
 
あっと言う間に時間はたってしまいますから、
復興計画には難しいものがあります。
そしてそこに今回は、原子力政策の問題が絡んできました。
 
だから、大勢の人が意見を言うことが必要ですが、
早い時期に自分の意見を言った、
この本が他の意見の呼び水となって、
より良い対策を求められれば良いと思います。
 
私は、日本は決め打ち方式で、
一人の専門家だけがものごとを考えてきたのが、
今までの多くの失敗の原因と思っていましたから。
今度の大震災の経験を生かすことは、大事だとも思います。
科学的に進めていただきたいし、
そこは専門家ならやるでしょうし、やって来たのでしょう。
 
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<「東京再生」を読んで思ったこと>
 
東京再生では、この大震災の経験で分かったことを踏まえて、
各分野の人がトーンは少しバラバラだと思いますが、
東京を改善するための専門家的発言をしています。
 
「日本経済の再生」
「臨海コンビナートの危険性」
「エネルギー政策」
「GISと国土情報」
「国際戦略」
「情報通信」
「安全街区と大深度地下ライフライン」と
タイトルは並び、それぞれの専門家が内容を書きました。
 
専門家が意見を言っていくのは、いいことだと思います。
テレビ等でもこういった提言を、
国民全体で真面目に捉え議論していけないでしょうか。
こういう議論はつまらないのでしょうか。
切り口で面白く出来ないのでしょうか。
 
そうはいいつつも、私は自分の興味のある、
自分の過去の体験とかかわりあう、タイトルだけ3つ、
簡単に取り上げます。
 
「GISと国土情報」は、
GPSを最近の私は勉強していますし、
それに関係のあるGISは、
私が前にいたNTT-MEでも取組んでいました。
 
それにこの筆者の臼井照子さんは、身近に聞いていましたし、
女性ということもあって私も覚えています。
もう簡単に言えば、地理情報の塊である、
GIS(ジオグラフィック・インフォメーション・システム)
はこの大震災で、とても役に立ちました。
 
なにせ、飛行機でとった写真をもとにした情報です。
大震災前と後を較べれば、影響が視覚的に分かりますし、
GPSと組み合わせれば、データとしても分析できます。
これをNTT-ME(今はその部門は、
「NTT空間情報」という会社に独立しました)で、
見てその威力に感心していました。
 
また、大震災の影響を、
計算するのは測量の世界なのですね。
この測量と関係するGISは、今後ますます、
各分野で利用されなければならないと思います。
 
次は「情報通信」です。
私はあの大地震のときでも流れてくる、
ツイッターの威力にはビックリしました。
地震のときは、通信は普通の人が大勢使おうとすると、
通信伝送路が混雑するのでダメになる。
 
だから災害時、公益機関だけでもどうやったら、
生かせるかが情報通信の震災時のテーマだったのです。
でもツイッターやその元であるインターネットで使っている、
パケット通信の情報伝送量は、そんなに多くないのですね。
 
これを使った、震災時の情報伝達方式を、
新たに考える必要があるなと思いました。
今まで震災時では諦めていたものの解決策が、
パケット通信にはあるのだと思います。
そういうことが分かったら、
アイデアはどんどん出てくるのではないでしょうか。
 
とくに弱者も、震災時このパケット通信を使うと、
情報過疎から脱却させることが出来ると思います。
そういう意味では、
パケット通信を弱者でも使いこなせる仕組みが、
これから重要になると思いました。
 
最後は「大深度トンネル」でした。
トンネルを地下40m以下に掘り下げると、
地盤が安定し安全性が高まるようです。
地上に出てくる浅いところの、
地上とのつなぎ目はどうするのか、私は分りませんが、
いずれにしろ全体としての安全度は高まるのでしょう。
 
汐留と新宿の間を「大深度トンネル」で結ぶと、
これで道路の流れもよくなると、
昔から新聞にも載っていました。
 
この「大深度トンネル」で、
豊洲、有明、築地(汐溜に近い)、
霞ヶ関、大手町、六本木、新宿を結ぶのが、
ここで言われている構想です。
 
この「大深度トンネル」には、
通信、電気、ガス、水道、下水のライフラインも乗せます。
この「大深度トンネル」で、指定した安定街区を結ぶと、
霞ヶ関、大手町、新宿等の
安定街区の安定性があがるのでしょう。
 
世界的な再保健会社のドイツの
「ミュンヘン再保険」が世界の都市について、
安全性評価をしていますが、
東京に「大深度トンネル」をつくれば、
世界のなかでも劣悪な
(悪い=地震や台風などの災害の多い)東京の評価も、
普通になるそうです。
 
「大深度トンネル」は、
NTTのインフラ設備の安定性のためにも、
良く昔から議論されていましたから、
私にもなじみがあるものでした。
 
+++++++++
<「日本国再生の2050年計画」を読んで思ったこと>
 
日本の今後50年の大計を、
この大震災の経験を生かしながら、
歴史的に見ていることに感心しました。
タイトルも「歴史に学ぶ」「農業」「科学技術」「国防」
「子供」で、それぞれの専門家が語っていて、良いです。
 
それぞれについて、私が語ることはやめますが、
国防で、今回の大震災で活躍した自衛隊員の、本音も吐露し、
「便所の陰で饅頭を食べる」ような立場の自衛隊を、
もうこれではダメではないかと言っているのも印象的でした。
 
この大震災という歴史的な事故を踏まえて、
日本を大きく捉えることを、私たちは余儀なくされています。
が、アカデミックな世界から、
このような議論が始まるのは、いいことだと思いました。
こういうときこそ、科学者の出番と思いましたから。

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