2016年4月12日火曜日

五木寛之さんの書いた、「新・幸福論-青い鳥が去ったあとで」を読んで、読書感想を書きました。

五木寛之さんの書いた、
「新・幸福論-青い鳥が去ったあとで」を読んで、
2012年4月、私は下の通り、読書感想を書きました。
写真は、本の表紙を、撮ったもの。


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読書感想文
(新・幸福論-青い鳥が去ったあとで・・・五木寛之)
 
五木寛之さんは、福岡県八女市に1932年に生まれ、
<その後教員のお父さんに従って朝鮮に行き、
<戦争が終わって、
<惨澹たる逃避行の末日本に帰ってきます。
<日本では、早稲田大学に行き、
<作詞家や文筆家として有名になり、現在に至っています
 
五木寛之さんは、福岡県八女市に1932年に生まれ、
その後五木寛之さんがまだ物心つかない頃、
教員のお父さんに従って朝鮮に行きました。
セミエリートで勉強家のお父さんは、
朝鮮で校長先生になったようです。
 
私の父の両親は、
父の小さいときに亡くなってしまいました。
が、私のお祖父さんになる人は、
日露戦争後、満州に行って警察になっていましたから、
昔の人は、満州や朝鮮に行く人が多かったのですね。
 
私のお祖母さんにあたる人はお祖父さんが亡くなってから、
朝鮮で産婆さんになっていましたが、
死ぬときは私のお祖父さんと同じ
大連の満鉄病院にいました。
だから、満州と朝鮮は近かったというのが分ります。
 
戦争が終わって、
朝鮮ではラジオは嘘ばっかり言っていて
「みんな落ち着いてそこにいて」と言ったようですが、
高級軍人と高級軍人の家族達は真っ先に逃げました。
 
ラジオの言うとおりにしたお父さんでしたが、
ロシア兵が攻めてきて、
お父さんに従った家族は悲惨な目にあいます。
 
母親は何があったか知りません
(五木寛之さんはその時の事情は語りませんので。
語れない五木寛之さんの気持ちは分ります)が、
死にました。
 
中学生の五木寛之さんが、ボケのようになったお父さんと、
弟、妹をつれて、惨澹たる逃避行の末日本に帰ってきます。
そのとき「良い人は早死にし、
日本に帰ってきた人は悪かった人だ」と
思うようになりました。
 
当然自分達も悪かった人です。
五木寛之さんは朝鮮から日本に帰るため、
悪いこともしなければならないのでした。
自分を悪かったとするのは、
心の中で大変なエネルギーがいるのでしょう。
 
それが五木寛之さんの人生を、
動かしてきたのだと思います。
 
ラジオの言うことを聞いたお父さんに従って、
悲惨な目にあった五木寛之さんは、
それから権威が何か言うと、
それと反対のことを考えて、する人になったそうです
(つまりオーソリティの言うことは信用しなくなった)。
 
そして悲惨な逃避行の経験から、五木寛之さんは
中年になって何度かうつ病になり、お寺に行きました。
そして親鸞の「善人なおもて往生を遂ぐ、
いわんや悪人をや」という言葉に、
五木寛之さんは痺れたようです。
そして親鸞に関係する本を何冊も書きました。
 
朝鮮から日本に、中学生で一家
(腑抜けのようにになったお父さん、弟、妹)を
つれて帰って来た五木寛之さんは、
その後早稲田大学に行きましたが
学校を卒業せず世に出ます。
 
そして作詞家や文筆家として有名になりました。
本では「蒼ざめた馬を見よ」、
「青春の門」、「親鸞」など多数を書いています。
奥さんが金沢の人で、今は金沢に住むようになりました。
 
また、生家の苗字は松延さんでしたが、
奥さんの親戚の五木家に跡取りがいなかったので、
五木寛之さんは五木家の養子になっています。
 
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<この本との出会い>
 
この人の本も斉藤一人さんの本と同じように、
私は短い時間で読めてしまいます。
多分、私と相性がいいか、
五木寛之さんに時代性があるのでしょう。
 
この人の本を読みながら私には、
それはそうだよなと思えるのです。
だから、この本が出たと新聞に載っていたのを思い出して、
軽く読める本として、この本を本屋で選んでしまいました。
 
「青春の門」が1970年頃、
週刊現代に載っていたとき、絵がいいなと思っていたし、
そこには若い世代を惹きつける、性の匂いもあります。
 
だから週刊誌の週刊現代を買えば
(その頃結構、駅で週刊誌も買って
電車でそれを読んでいました)、
五木寛之さんの小説は、私の読み物でした。
 
だから五木寛之さんのセンスが
私とまるでずれたものではないのです。
が、でも五木寛之さんの小説は私にとって、
わざわざ本を買って読むものではありませんでした。
これはなんでしょう。
 
多分、私がしてはいけない(タブー)と思っていたものを、
軽々と五木寛之さんは乗り越えていたので、
私の一方には五木寛之さんに嫌悪感、
嫉妬心があったのだと思います。
 
私をがんじがらめにしていたタブーが、
その頃たくさんあったのでしょう。
今思うと、それらのタブーを生む私の価値観が、
私の人生の良くも悪くも動力源になっていたのです。
 
五木寛之さんが、40歳のときと50歳のときと2度
うつ病になってお寺に行ったというのを知ったときから、
私は五木寛之さんに親近感を覚えました。
 
それまで、日刊現代(私は、
この新聞を駅の売店で買っていたときが長くあります)
を買うと、いつも最初のほうで、五木寛之さんが書く
「流されていく日々」を読んでいます。
 
その癖、この人の本をわざわざ買って読まない
自分に気がついて、そのときは不思議さを覚えました。
私はこの人の才能に
嫉妬して(何故か嫌いだったのです)いたのだと思います。
一方、読めば言うことが分ってしまう自分、
何故か心が落ち着く自分もいました。
 
私には病と言うのは大げさだと思いますが、
情緒不安定という心の不安定感がいつも心の中にあります。
この人が中年でうつ病にかかったというのを聞いて、
何かそれなら私の心がこの人の文章を読むと
落ち着いたのは、分ると思いました。
 
それから、ときどきこの人の本を読むようになっています。
私の心の調整剤として。
 
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<この本の構成>
 
この本の構成は、次の通りです。
( )内はページ数です。
 
幸福と不幸のあいだに(24ページ)
幸福の向こうに見えるもの(34ページ)
青い鳥の去ったあと(24ページ)
目に見えない世界の真実(18ページ)
 
新しい階級での幸福(27ページ)
努力して幸福になれるか(20ページ)
出世と幸福の関係(18ページ)
長寿は幸福か(16ページ)
絶望の中の小さな幸福(15ページ)
 
この本を読んで、
何故私がこの人に最初嫌悪感を覚えたのか、
そしてこの人のいい点はなんなのかが
分ったような気になりました。
 
何に嫌悪感を覚えたのかと言うと、多分、
この人があまりに人間であることに対してだと思います。
人間が持つ理不尽さを、
この人はそのまま抱えているように、
私には思えたのでしょう。
 
そして解決しないまま、
この人がそれを表現していることに、
この人を読んでも私の問題は解決しないなと無意識に、
私は思ったのだと思います。
 
良い点は、この人の持つ現代性、
現代をとらえる目の確かさだと思いました。
考えると恐ろしい私から見ると新しい概念を、
この人は真正面から取り上げています。
 
「階級社会の現実」
「長寿は、必ずしも幸福ではない」
「極限状態での真実」など。
五木寛之さんの現代性は、この人が、
この本を書くため再度読み、引用した本からも分ります。
 
それらは、まったく私の読みたい、
理解したいものと重なりました。
それらの本は次のものたちです。
「金子みすず全集」「宮沢賢治全集」「青い鳥」
「幸福論(アラン)」「夜と霧」。
 
本には「星の王子様」も出てきます。
30年前にこの人が訳して、
一世を風靡した「カモメのジョナサン」も出てきました。
 
今、何十年に一回めぐってくる幸福論の時代だそうです。
漠然たる不安。
不幸でもないが、幸福感も感じられない時代になりました。
「もし希望があるとしたら、それはなんだろう、
自分に問いかける中からこの一冊が生まれました」
とのことです。
 
そして「おわり」には次のように書いていました。
 
――わかっていることは、
いま新しい幸福感が生まれつつある、ということです。
一般的な幸福と言うものはない。
それぞれに自分の幸福を手探りで探すしかない。
それを試みる自由があるということ、
それが何よりの幸福だと思われてなりません。
 
1957年経済白書は「もはや戦後ではない」と言いましたが、
本当の戦後が、今やってきているのではないでしょうか。
無我夢中の時代を終わって日本人が、
はて「幸福」とはなんなのだろうと、考えるようになった。
そこに、幸福論を取り上げる五木寛之さんの、
時代を読む鋭さを感じます。
 
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<幸福と不幸のあいだに>
 
昨年、国王夫妻がやってきて
「幸福の国ブータン」が話題になりました。
ブータンはGNPでは最貧国のグループに属しています。
しかし、彼らの価値観はGNPになく、
テレビに映った国民は幸福そうな顔をしていました。
 
一方、GNPの高い日本は
1年間の自殺者が
14年間連続で3万人を越えているそうです。
幸福ってなんなのでしょう。
 
1927年、芥川竜之介は
「ぼんやりした不安」と言って自殺しました。
2010年の世論調査では、7割の若者が、
ほぼ満足と答えていたそうです。
幸福でもないが、不幸でもないという感じなのでしょか。
 
五木寛之さんは、
今を夕暮れを言う「逢魔がとき」だと言っています。
芥川竜之介の「ぼんやりした不安」の状況なのでしょう。
五木寛之さんは「幸福でも不幸でもない国に生きる
一人として、そのことをあらためて考えて見たいのです」
と、この章で言っていました。
 
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<幸福の向こうに見えるもの>
 
金子みすずの詩の衝撃として、
五木寛之さんは次のように言います。
「昨年、東日本大震災のあと
テレビから毎日流れてくる印象的なフレーズがありました。
 
『遊ぼう』っていうと『遊ぼう』っていう。
『馬鹿』っていうと『馬鹿』っていう。
『もう遊ばない』っていうと『遊ばない』っていう。
そうしてあとでさみしくなって、
『ごめんね』っていうと『ごめんね』という。
こだまでしょうか。いえ誰でも」。
 
金子みすずの言うことは、
良く考えるとほんとうだから、衝撃的。
大漁という詩。
「・・大漁だ・・浜は祭りのようだけど、
海の中では何万の鰯のとむらいするだろう」。
 
なるほど。
「でもそんなに分ってもしょうがないときは、
分らないほうがいいと思う。
ほら言うでしょう。
同じアホなら踊らにゃ損損」。
 
金子みすずにそういいたくなりますが、
五木寛之さんは面白い。
鰯の気持ちがわかってしまう金子みすずに共感しながら、
また江戸後期の福井藩の国学者歌人橘曙覧の詩も紹介します。
 
「たのしみはまれに魚烹て児等皆が 
うましうましというて食うとき」。
そして私たちの幸福は、
2人の詩人のどちらだろうと考えます。
 
「草木国土悉皆成仏」を言い、五木寛之さんは
さらに宮沢賢治の「よだかの星」を引用します。
そして、梅原猛さんの「イソップの童話は、
動物を使って人間世界を風刺したに過ぎないが、
賢治の世界は人間と対等な生命を持つ同じ生命として描いた」
という言葉を紹介しました。
 
そして「生存悪」とでもいうべきものを背負いつつ、
私達はどうすれば幸福を感じることができるのか。
「それが21世紀の私たちの最大の課題ではないでしょうか」
と言って、五木寛之さんはこの章を締めます。
 
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<青い鳥の去ったあと>
 
青い鳥を、「幸せを遠くに追っかけてもみつからない。
幸せはすぐそばにある」。
私もそう理解していましたし、
五木寛之さんもそう理解していたようです。
 
しかし、五木寛之さんが原作を読んだら
いろいろなことが分りました。
「メーテルリンクは、1862年に生まれ、1949年に死んだ。
1911年にはノーベル章を貰った」
 
「『青い鳥』は戯曲であり、
チルチルとミチルは貧しい樵の子供たちで、
兄弟9人のうち7人死んでしまった、残りの兄妹二人」
「この貧しい2人が大金持ちの家で、
クリスマスパーティをするのを、
覗き見するところから戯曲は始まる」
 
「青い鳥を見つけに行って見つからず、
家に帰ってみると家のキジバトが青い鳥に変わっていた」
「これが幸せの青い鳥」。
 
そこまでで終わるのが普通ですが、
本当の戯曲では最後に、
メーテルリンクはその幸せの青い鳥を、
籠から逃げてしまうように書きました。
 
つまり本当の幸せはすぐそばにあるのだと、
分ったとき幸せは逃げてしまって、
チルチルとミチルは青い鳥のいない世界で過ごすのです。
結構残酷な結末ですが、
事実は残酷でそこから私達は進まなければならない。
 
そうメーテルリンクは言っているのではないかと、
五木寛之さんは言っています。
そしてそれは今の日本。
一億総中流と言う青い鳥。
原子力の平和利用という青い鳥。高度成長と言う青い鳥。
 
自殺者が14年間連続して、3万人を越える日本、
津波・原発事故の起こった日本。
それは青い鳥が逃げて呆然となっている、
チルチルとミチルと同じ状況に
日本はなったのを象徴しているのではないか。
そう五木寛之さんは言っていました。
 
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<目に見えない世界の真実>
 
「星の王子様」と「カモメのジョナサン」を解説して、
その世界のことも書いています。
両者とも独特の切り口で、
この世界の価値観が語られているのだと思いました。
 
それに対して五木寛之さんは、分らないものは
「分らない」と書く素直さで、書いていると思います。
朝鮮からの日本への悲惨な帰還を経験して、
五木寛之さんが日本人の「常識の非常識」から脱して、
「ファクト イズ ファクト」のスタンスで
本を書けているのでしょう。
 
「ファクト イズ ファクト」の視点に立つ。
分らないところは追求する。
それでも分らなければ「分らない」という。
そうしないと五木寛之さんは、
朝鮮からの日本への帰還は出来ず、
そのスタンスが戦後高度成長期の
日本人社会で受けたと思います。
 
2つのことが、分りました。
1つ目は書かれた時期です。
「星の王子様」は第2次世界大戦の直前。
1943年にアメリカで発行されました。
 
「カモメのジョナサン」は
ベトナム戦争の渦中で1970年発行され、
クチコミだけでアメリカでベストセラーになったそうです。
2冊とも戦争のなかで、
価値観が揺れ動いたときに書かれているのですね。
 
2つ目は2つの本が、大人のために書かれたことです。
大人が読んで唸るものだから、
あれだけ売れているのだと分りました。
そして「カモメのジョナサン」の日本訳は、
五木寛之さんの訳と解説で、日本では出ていることです。
 
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<新しい階級での幸福>
 
日本の人間が住む階級が、
2層化で固定してきたとのことが書いてあります。
ヨーロッパでは階級が固定化し、
それはそれで安定した世界、階級が別なら、
生活も価値観も別だとする世界が現出して来ました。
 
しかし戦後の日本は、
1945年の敗戦でほぼ無一文になりましたから、
普通を目指して、
さらに上流を目指してみんなが頑張っています。
明治維新も同じようだったのでしょう。
 
そこにはジャパニーズ・ドリームがあり、
階級は流動化してきたようです。
しかし、戦後の目標がほぼ達成されるプロセスで、
階級が固定してきた現実が日本でも起こりました。
 
五木寛之さんは、次のように言ってこの章を締めくくります。
「・・正社員も、非正規社員も、
小金をもっている老人達も、すべて下流に属する。・・・
やがて何世代にわたって自己の位置を確認し、
そこに安定した層をつくり上げます。
 
その世界のなかでの幸せを追求し始めるのです。・・・
下流社会の幸福とは、果たしてどのようなものでしょうか」
 
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<努力して幸福になれるか>
 
この章にもいろいろ書いてありました。
「努力できることも生まれつきの資質かも」とも、
「健康であることは幸せの最大の要素」とも。
五木寛之さんは、これだと言う結論を書かないのです。
考えている姿を、私たちに見せているだけです。
 
だから五木寛之さんの本のなかに、
自分の回答を見つけようと思ってもダメなのでしょう。
でも、バカバカしい、私たちの
「常識の非常識」から発した間違いは教えてくれます。
アランの幸福論もいくつか引用していました。
 
これらを煎じ詰めていえば、
何事も「気は持ちよう」だと言っていると思います。
 
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<出世と幸福の関係>
 
出世を目指して、これまで多くの人が努力を重ねてきました。
五木寛之さんのお父さんは戦前の朝鮮にいって
教育者として大成しようと思ったのもそうです。
 
しかし今、人々の価値観は変わってきて、
幸福を艱難辛苦してまで求めない人が、
圧倒的多数になってきました。
それを五木寛之さんは、
この本で無理からぬことと言うのです。
 
浄土宗を起こした法然を、この章で取り上げていました。
法然は優秀でしたけれど、
出世は諦めて別院に移り「隠遁者」の生活をしています。
五木寛之さんは法然を、次のようにこの本で言いました。
つまり法然の生き方に、
五木寛之さんは現代を感じたのだと思います。
 
――隠遁=落伍者というのではなく、
むしろ隠遁という知的なエリートの生き方を選んだ、
と言ってものかも知れません。
 
法然は、その別院で一切経を何度も読み返すというくらいの
勉強をしたうえで、
さらに隠遁者の立場も捨て、43歳のとき、
今度は巷におりて、
大衆に向かって直接その信仰を語り始めます。
 
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<長寿は幸福か>
 
アメリカの心理学者が書いた「長寿と性格」に
結論だけをいうと、次の2点が報告されているそうです。
1つ目は「勤勉で、目標に向かって努力し、生涯現役で、
地域社会と意味のあるつながりを持つ人が長寿」。
 
2つ目は「明るく楽天的な人が必ずしも長寿ではない」。
親鸞は90歳まで生きた長寿の人ですが、
すべてこれらに当てはまるそうです。
結構生真面目で、明るくない人なのだったとか。
明るくなければいけないというのは、
私たちの「常識の非常識」なのかも知れません。
 
そして次のような言葉で、
五木寛之さんはこの章を締めています。
 
――人は幸福を追求する権利があるとか、
人は幸福になるべきとか、人は長生きをすべきとか、
長生きすれば幸せだとか、
そういう常識が通用しなくなった時代に
私達は直面しているのかも知れません。
 
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<絶望の中の小さな幸福>
 
アウシュビッツを体験した、
精神分析者のフランクルという人が、その体験を書いた
「夜と霧(原題:長期収容所における一心理学者の体験)」
という本を、五木寛之さんは取り上げていました。
 
私はこの本の存在を知っていたし、
本屋でいつも買おうかと思うのですが、
読めば疲れるだろうなと思って、まだ買っていません。
しかし、多分、その内容は素晴らしく、
こういうことを書ける人がいる、
ユダヤ人って凄いなと私は思っています。
 
だから、これを取り上げた五木寛之さんの気持ちが、
私は良く分りました。
多分、涙なしには読めない、しかし人間とは
こういうものなのだろうな、と分るのだろうと思います。
そういう現実を踏まえて、私たちの新しい価値観を
作らなければならないのだと思います。
 
去年の3.11の津波と原発事故を経験して、
日本はきっと新しいスタートをきっているのでしょうが、
そのときにこの読書は私の頭の整理になりました。

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