2017年8月6日日曜日

2007.8.8に長野で脳溢血で倒れたーー6.長野に妻と娘たちも来た

写真はt馬の遺影を撮ったもの。
妻は2012.12にガンで亡くなった。
私より妻が先に死んでしまったのは、
私にも責任があるような気がする。

が、とにかく10年前私が長野で脳溢血倒れた時は、
長野に看護に来てくれた。
その10年前の脳溢血の顛末を・・・の下に
思い起こすまま書いてきて、6まで来た。


・・・・・・・・・
妻は2週間以上ウイークリーマンションを長野に借りて、
毎日病院に来てくれた。
私が「2週間で退院したい」と言ったら、
「そんなことばかり言っている。今度入院するときは
もう出られないのだからもっと居なさい」
と言って、私の膝を思い切り叩いた。
 
私は2週間で退院すれば、知人は気が付かないだろう
と思って言ったのだが、よっぽど怒っていたのだろう。
多分入院5~6日目だったと思う。
少し回復の目処が立ったので言ったのだ。
結局3週間強で退院した。
 
一週間たったとき、上の娘が一泊して二日お見舞いに来た。
私が入院している6人部屋に「こんにちは」と言って入ってきた。
私が使っていたコインランドリーにも付き合ってくれた。
トイレも見た。
私がいつも朝いた大広間にも行った。
 
二日目、私が読むように本を買って来てくれた。
東野圭吾さんの本だった。
タイトルは忘れたが、品川が出て、横須賀が出て、
首都高の箱崎と私の知っているところが沢山出る小説だった。
手術後の初めての読書だったが初めは恐る恐る、
しかし暇があったのでそれでも4日で読めた。
それ以降病院の図書館に行き、借りて本を読み始めた。
 
上の娘が来た二日目、ナースセンターで手術した先生が、
私の頭蓋骨を縫った糸の抜糸をした。
それを上の娘は見ていた。
考えて見るとナースセンターで抜糸するなんて乱暴な先生だ。
それを静かに見ていた娘の気持ちも今もって分からない。
 
二週間たったとき、下の娘がお見舞いに来てくれた。
私が入院している6人部屋に「こんにちは」と言って入ってきた。
あ、上の娘とまったく同じだ。
示し合わせたわけでもないのに姉妹は似るものだなと思った。
 
二週間たっていたので、私も大分回復していた。
それで下の娘と病院中を歩いた。
「看護師さんはあまり歩くな、無理するなと言うのだ」
と言うと、下の娘は
「看護師さんの言うことは聞いたほうが、良いのじゃない」
と言った。
 
人の言うことを聞く気のない私は、
その前2~3日から、病院中を歩き回るようになっていたので、
娘をつれて病院中歩いて、いろんなことを話した。
そうか基本的に私は自分の思ったとおりにする性格なのだな。
前の妻にもそう言われたし、今の妻からもそう言われている。

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