2017年8月6日日曜日

2007.8.8に長野で脳溢血で倒れたーー3.頭蓋骨を外す手術をした

写真は昨日(8/5)買って来たトマトを撮ったもの。
6個のうち3個を食べたので3個が残っていた。。
この記事と直接は関係がないが、赤が
脳溢血の手術を連想させるのて撮った。
10年前の脳溢血の顛末の3番目を・・・の下に書いた。


・・・・・・・・・・
「小脳の脳溢血で溢血が5g以上なので手術をします。
持てば明日手術します。
様態を見て持たないようならすぐ手術します」と言われた。
夜遅く、妻も東京から長野に駆けつけてくれ、病院に泊まった。
朝出かけるとき、何も言わずに家を出たのに駆けつけてくれた。。
長野に行くとは言ったかな。
 
あとは覚えていない。
眠ったのだと思う。
翌日8/9手術をした。
11時に麻酔の先生が、
「八木さん、16時に目が覚めますよ」と言った。
 
私の母親は59歳で、高血圧で死んでいる。
私もこのとき59歳だった。
「手術で死ぬなら、母親と同じ歳に死ぬのだな」と思った。
麻酔は気持ちが良かった。
このまま死んでも良いと思うぐらい気持ちが良かった。。
 
ちょうど16時に目が覚めた。
麻酔のきれる時間が、
先生が言ったとおりになるのは本当だなと思った。
目が覚める前、多分夢を見ていたと思うのだが、
あっちこっちのグループで「万歳」と言っていた。
だから目が覚めたとき凄く嬉しかった。
 
目が覚めたとき、そのとき勤めていた会社の人3人が
横須賀から駆けつけ手を振ってくれた。
妻もいた。
同期の人もいたと思う。
(すいません、忘れてしまった。
大勢の人が手を振ってくれたから、多分いたと思う。)
 
目が覚めて慌てて「あいうえお・・・」と言ってみた。
九九も最初から最後までやってみた。
全部できた。
「ああ、大丈夫だな」と思った。
 
またICU室に運び込まれた。
看護師さんが二人いた。
一人が「私のこと覚えていますか」と言ったので首を横に振った。
「宮崎さんというのですよ」と言ったから、
私は「あ、最初に対応してくれた人だ」と言った。
 
宮崎さんは若かったが後で見たら看護師長だった。
中肉中背で綺麗な人だった。
また、寝たと思う。
起きたら、男と看護師さん達が仲良く明るく冗談を言っていた。
私は「うるさい男だな」と思った。
 
と、その男の人が私のそばに寄ってきて言った。
「八木さん、昨日は大変だったのですよ。(腰をさして)
ここから下だけ机に寝そべって、あとは対面になって
上はフリーの体制で手術をしたのですよ。
机を挟んで八木さんが下で寝ていて、私が上で」
 
「あ、この先生が手術をしてくれた先生か」と私は思って
先ほどうるさいと思ったのを忘れて、
急に有難い気持ちになった。
頭蓋骨を外して手術をしたらしい。
40歳ぐらいの小太りの若い先生だった。

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